【一分雑学】幕末の英国通訳官アーネスト・サトウは日本語をどこで学んだ?

アーネスト・サトウは幕末から明治期のイギリスの外交官であり、駐日公使を務め、イギリスにおける日本学の基礎を築いた人物です。

ところで、親日家であり、日本語が堪能だったアーネスト・サトウですが、今のようにインターネットもない時代、どこで日本語を学んだのでしょう?

 

アーネスト・サトウが日本語を学んだ地は

結論から言うと

漢字を中国で学び、来日後は通訳生として横浜で日本語を学んだ

ということです。

 

以下、少し説明を加えます。

 

来日前、ロンドンに住んでいたサトウは在日イギリス大使館の日本語通訳生に応募して採用されました。

いざ日本へ、という途中に上海についたとき、本国政府からまず中国語を学ぶようにという指示が来て、北京で漢字を学びました。

その後、来日して横浜の駐日公使館に着任。

そこで、アメリカ人宣教師のサミュエル・ロビンス・ブラウンや、医師の高岡要徳島藩士の沼田寅三郎から日本語を学んだということです。

 

サトウの名前の由来

アーネスト・『サトウ』なので日本にルーツがある、もしくは来日後につけたのかと思いきや、実はスラヴ系の姓です。

スウェーデン領生まれのソルブ系ドイツ人のお父さんの姓が『サトウ』でした。

親日家だったアーネスト・サトウは漢字を当てて『薩道』や『サトウ』と日本式に姓を名乗っていたそうです。

ちなみに、サトウが名乗っていた日本名は佐藤愛之助または薩道愛之助といいます。

 

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