【一分雑学】後白河、後鳥羽など『後』のつく天皇の3パターン

歴史の授業を受けていると、日本史で『後○○』という天皇の名前を一度は見かけたことがあると思います。

平安時代だけでも後一条、後朱雀、後冷泉、後三条、後白河と5例もあります。

『後○○天皇』というからには、『後』がつかない天皇がいたということですが、この名前の付け方にはどんな意味があったのでしょう?

『後』○○天皇のパターン3つ

結論から言うと、

① ○○天皇の子供

② 同じところに住んでいた

③ 行った業績が似ている

の3つのパターンです。

以下、少し説明を加えます。

 

① はそのままです。

例えば、後一条天皇は一条天皇の子供です。

② は天皇が生前居所としていた邸宅の名にちなんで名前をつけることがあったので同じところに住んだ場合、そういう名付け方になることがあります。

③ はそのままですね。

後▲▲天皇がいて▲▲天皇がいないパターンも

一方、『後▲▲天皇』がいて『▲▲天皇』がいないパターンもわずかながらあります。

たとえば、後柏原天皇(104代)、後奈良天皇(105代)はいますが、柏原天皇、奈良天皇は存在しません。

実はこれ、『柏原』は桓武天皇(50代)、『奈良』は平城天皇(51代)の通称で、それに『後』をつけたというカラクリがあります。

 

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